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2009年6月 3日 (水)

女体盛りを利用した日本人蔑視

菊地凜子氏が主演する「マップ・オブ・ザ・サウンズ・オブ・トーキョー」という映画がカンヌ映画祭に出品されている。この映画には大きな問題があるようだ。

この映画のカンヌでの上映会について、おそらく多くの日本人に共感されるであろう辛口のコメントを外国に住む日本人女性が書いている。

izaより
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/gaishin/261645/
引用開始----------------------------------
カンヌに登場した“蔑視”映画
2009/06/03 10:03更新

 「こんなことまでしなければならないのかね」。映画の中で日本企業のトップが顔をしかめていたのが、せめてもの救いだった。

 第62回カンヌ国際映画祭の最高賞、パルムドールを争うコンペティション部門に、国際女優として売り出し中の菊地凛子さんが主演したスペイン映画「マップ・オブ・ザ・サウンズ・オブ・トウキョウ」(イザベル・コイシェ監督)が出品され、前評判では菊地さんが女優賞の候補に挙げられていた。

 その期待の作品の冒頭に登場したのが日本企業が外国人を接待するシーンだ。ヌードの金髪女性の体の上に、すしがずらりと並ぶ“女体盛り”とかいうシロモノ。コイシェ監督は記者会見で「ロサンゼルスで見たことがある」と言っていたが、こんなこと、東京であるのだろうか。

 真夜中に泥酔した男性タレントが裸になって逮捕される日本である。もっともだいぶ前に「ノーパンしゃぶしゃぶ」という破廉恥極まりない接待を、大蔵省(当時)の高級官僚が喜々として受けていたから、あるいは“女体盛り”もあるのかもしれない。

 孤独で言葉数が少ない日本女性が、殺しの標的であるスペイン人とラブホテルやラーメン屋などでデートするシーンを通して、「トウキョウ」の雑多な文化、文明を描くという高尚な意図が、監督にはあったのかもしれない。

 しかし日本女性としては「国辱」しか感じなかった。電車内を擬したラブホテルの部屋が、文豪ビクトル・ユゴーの家があるパリの「プラス・ド・ボージュ」と名づけられているのは、日本人のパリへの憧憬(どうけい)を象徴したつもりだろうか。

 最も納得しがたかったのは、殺し屋を生業とするほどの日本女性が殺しの標的のスペイン人になぜ、一目惚(ぼ)れしてしまうのか、という不自然さだ。相手がワイン店の店主というだけで「すてき」と思うほど、日本女性は外国人、特に白人男性に弱いと皮肉っているのだろうか。白人といってもこのスペイン人の男は髪も黒く、メタボ体形の普通のおじさんだ。それだけに余計に日本女性に対する蔑視(べつし)に思えてくる。

 専門家によると、脚本も担当するコイシェ監督は女性の心理描写に優れた知的な作品で知られるとか。彼女にとって「トウキョウ」はあらゆる意味で巨大すぎて手に余ったのだろうか。

 「映画なのだから目くじら立てることもない」という意見もあるかもしれないが、外国に住む日本人として「外国人が見た日本」は気にかかる。しかもポルノ映画でもB級の娯楽作品でもなく、れっきとした国際映画祭への出品作である。

 監督や主演者らが正装で鑑賞する公式上演会では、スタンディング・オベーションが何度もあったと聞くが、これはあくまで儀礼、儀式。私が出席した記者向けの試写会では一部外国人記者からブーイングが起こった。外国人にも不満足だった人がいたことも、せめてもの救いといえようか。(山口昌子)
引用終了----------------------------------

この記事を読んで、腸が煮えくり返る思いがした。

「女体盛り」なんてものは日本の文化でも何でもない。

一般的な日本人は「女体盛り」なんて下衆な物を好まないどころか、不快に思うでしょう。

残念ながら「女体盛り」というものが日本にあるのは事実のようですが、温泉街などで羽目を外した一部のバカ親父どもをあてこんだ愚かな商売でしかなく。少なくとも町中に平然とあるものではない。

この映画を紹介する際に、このシーンに触れている記事は多少あるが、ここまではっきりと批判してくれている記事は今のところ見かけない。

残念で仕方がない。

コイシェ監督はどのように考えてこのシーンを撮ったのか。
主演の菊地凜子氏はどのように思っているのか。

それが知りたくて少し検索してみると、こんなインタビュー記事を見つけた。

MovieWallkerより
http://news.walkerplus.com/2009/0602/10/
引用開始----------------------------------
菊地凛子、日本好きな監督と親密な関係に
2009年6月2日

『バベル』(06)の演技で第79回アカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、世界に知られる存在になった菊地凜子。その彼女が主演するスペイン映画『ザ・マップ・オブ・サウンド・オブ・トウキョウ』(日本公開未定)がカンヌ国際映画祭でこのたび公式上映された。

公式上映に先立って、菊地とイザベル・コイシェ監督の記者会見とインタビューが行われたのでその模様をお届けする。

――なぜ東京を舞台に選んだのですか?

イザベル・コイシェ「日本文化が好きなのです。日本の現代小説、食べ物も好き。ワサビを常備しています(笑)。ラーメンも美空ひばりも大好きです。とんかつだけは苦手ですけど。何回か日本に行ったことがありますが、三年前に東京国際映画祭に行きここを舞台に映画が作れると思いました。東京という街には様々なコントラストがあります。それが面白いと思ったのです」

――この作品に出ようと決めた理由は?

菊地凜子「監督の作品を3本ほど見ていて、女性の感情を丁寧に描く方だと思っていました。いつかご一緒できたら、とは思っていたので、脚本を読んで出ようと決めました。ヌードやセックスシーンもあり、殺し屋という背景を持つ複雑なキャラクターなので躊躇もありましたが、そういう“私にはできない、難しい”と思う役ほどやるべき時期だと考えていたところなのでお引き受けしたんです。タイミングが良かったんですね」

――冒頭のシーンで、依頼主となるビジネスマンが外国企業の接待のため寿司の女体盛りを用意し、依頼主は女体盛りに嫌悪を示します。どうも“欧米人のイメージする日本”という感じがぬぐえないのですがいかがでしょうか?

コイシェ「LAに行った時に女体盛りをみました。そしてアメリカ人はそれが日本の当たり前のものだと思っていることも知ったのです。彼らには日本人は“自分たちと違う”という先入観があり、それを正そうとは思わないのですね。というよりも、女体盛り、というもの自体が男性の視点だと思うのです。女性はセックスの対象であり人間として個人としては興味がない、という視点ですね」

菊地「確かに日本人から見るとそれはないだろうというシーンもあります。私もこれは変じゃないかと言ったところもありますが、では日本を描くのは日本人でなくてはいけないのでしょうか。映画は虚構の世界ですよね。その虚構に観客は自分のリアルを重ねて感動するもの。だから監督の見た日本を描けばいいと思います。その方が世界が広がると思うんです」

カンヌに入る前、バルセロナで監督の家に泊まって、本作の宣伝のためのインタビューを30件ほどこなしてきたという菊地凜子。「私の家に泊めるのはサラ・ポーリーと凜子だけ」といわれる親密な関係を監督との間に築いたようだ。【シネマアナリスト/まつかわゆま】
引用終了----------------------------------

この記事のタイトルにある「日本好きな監督」と言う表現は全く当てはまらないと思う。

監督は
-----------------------------------------
LAに行った時に女体盛りをみました。そしてアメリカ人はそれが日本の当たり前のものだと思っていることも知ったのです。彼らには日本人は“自分たちと違う”という先入観があり、それを正そうとは思わないのですね。というよりも、女体盛り、というもの自体が男性の視点だと思うのです。女性はセックスの対象であり人間として個人としては興味がない、という視点ですね
-----------------------------------------
と述べている。
監督が女体盛りを見たのは日本に於いてではなくLAに於いてである。
その店は日本人が経営しているのか?
恐らく○○系米国人という方々ではないのだろうか。

映画を見ていないので推測になるが、映画のタイトルが『ザ・マップ・オブ・サウンド・オブ・トウキョウ』となっていることから考えるとこの女体盛りを出す店というのは東京の店であるように描かれているのではあるまいか。

それならば大問題である。
LAで見た物をさも東京にもあるかのように表現するのは大問題である。

米国人は「日本人は自分たちと違う」と勝手に決め付け、日本人はこんな事をしているんだと、自分たちが女体盛りを楽しんでいる。

日本で女体盛りというのが町中になく、温泉街などにある特殊なものであるのは、下品で下衆な行為であるということが十分に理解されているからで、その下品で下衆な行為を町中に取り込み、この監督のように簡単に見ることができるということは、米国自体がこの下品で下衆な行為を好んでいるということであると思う。
そしてその下品で下衆な行為を「日本の変な文化」と位置づけ責任を日本人になすりつけている。
この映画を見た米国人はますます東京の日常の風景だと錯覚してしまうのではないだろうか。

日本人を蔑視し、女性を蔑視し、鮨や刺身という日本料理を軽々に扱いながら、自分達は存分に楽しんでいる。最低な米国人。

この監督はスペイン人だと思うが、何故その米国人の誤解を否定せずに映画にするのか。

この監督は日本についてなら、米国人が悪い方に誤解していても構わないと思っているのでしょう。

日本についての誤解を助長しながら、
何が「日本好きな監督」だ、
何が「日本文化が好きなのです」だ、
何が「日本の現代小説、食べ物も好き」だ、
何が「ワサビを常備しています」だ。

笑わせるな。

izaの記事の最初にある「こんなことまでしなければならないのかね」という登場人物の日本人ビジネスマンの言葉もおかしい。
これに関してはizaの記者も評価を間違っている。

日本人が外国人を接待するために女体盛りの店に連れていき「こんなことまでしなければならないのかね」とぼやく。

これでは欧米人の旧来の日本人に対するイメージ「エコノミックアニマル」そのままではないか。

--------------------------------------
「こんなことまでしなければならないのかね」。映画の中で日本企業のトップが顔をしかめていたのが、せめてもの救いだった。
--------------------------------------
このシーン自体がせめてもの救いなどではなく、日本人としての屈辱である。

菊地氏は言う
--------------------------------------
確かに日本人から見るとそれはないだろうというシーンもあります。私もこれは変じゃないかと言ったところもありますが、では日本を描くのは日本人でなくてはいけないのでしょうか。映画は虚構の世界ですよね。その虚構に観客は自分のリアルを重ねて感動するもの。だから監督の見た日本を描けばいいと思います。その方が世界が広がると思うんです
--------------------------------------

しかし、監督は自分の見たものを描いているのではなく、米国内での虚構の日本をさも日本であるかのように描いているのである。

日本人である菊地氏が、日本人に対する悪い誤解を放置したままこの映画に参加していることは、その悪い誤解を肯定したということのなってしまう。

日本人は、映画関係者も一般人も「女体盛りは日本の一般文化ではなく、このシーンは日本に対しての著しい誤解を与える」と、この冒頭のシーンの削除を断固求めていくべきだと思う。

ついでのようで申し訳ないのだが、日本食の問題は「女体盛り」だけではない。

海外では日本食ブームに乗っておおよそ日本食らしからぬものが、広まっている。

思い出していただきたい。

安倍内閣当時、松岡利勝農水相は、海外でのでたらめな日本食レストランに驚き、海外日本食認証制度を発案した。

正しい日本食を広める事に貢献できる良い発案だったと思う。

それを、日本のマスコミまでもが批判し、結局、政府の政策にはできなかった。

発案者の松岡農水相も自身の不祥事を苦にしたのだろうか、自殺という形で幕を引いてしまう。

私は海外日本食認証制度が実現しなかった事と、強い農政を行おうとした松岡農水相を失った事が実に残念でなりません。

もう一度、海外日本食認証制度の導入を検討すべきではなかろうか。

このizaの記事を見て、改めてそう思います。

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2008年9月18日 (木)

農水省は抜本的な改革を

事故米(汚染米)の食用への不正流通が大きな問題となってきている。

三笠フーズという不届きな企業の悪行の影響が全国に広がっている。

今回の事故米の件では、幸いにして健康被害にまでは及んでいない。
正直言えば、事故米と知らずに口に入れてしまうことによる健康被害は大したことではないと思う。
それよりも中途半端な対応に起因する風評被害による食品製造会社、流通会社、販売会社へのダメージのほうが問題であると思う。
既に、自殺者も出てしまっている。

農水省は先日、事故米の流通先として、375の社名・施設名を公表した。
これが大問題で、農水省の馬鹿さ加減を表している。

公表すべきは、事故米の流通先ではなく、「いつ頃製造された、どの食品」というリストだ。

事故米が発覚して素早く対応するなら、流通先リストでもしかたないでしょう。
消費者を守るために致し方ない。

しかし何日も経ってから「流通先」ではお粗末すぎる。

購入したが、食品以外へ使用したとか、在庫として残っているとか、未開封のまま使用していないという企業にとっては、たまったものではない。

皆さんご存じの通り食に関する不正がここ数年絶えることがない。

消費期限偽装、原料偽装、産地偽装、原産国偽装、そしてついに非食用の食用転用まで起こった。

故意に不正を起こしてしまう企業はもちろん悪いが、ここまで頻繁に不正が起こるということは、企業を監督し、検査し、処罰する機関つまり農水省に問題があると言わざるを得ない。

農業、林業、水産業などの保護・育成と監督。
食品の流通の監視と、食の安定確保、安全確保。

というのが農水省の役割のはず。
それが全くできていない。

食品の不祥事が続くのは、一つには食品の不祥事を見抜けない農水省の無能さにある。

三笠フーズに毎年何十回と検査に行っていて、告発もあったにも関わらずなぜ不正を見抜けないのか。
例え事前に検査日を通知していたとしても、出荷先、取引先などを丹念に調べればわかるはずだし、抜き打ち検査をしていれば不正に気付けたはず。
わざと不祥事を見抜かないよう検査していたとしか思えない。

もうひとつは、不祥事が発覚した際の、処分の軽さがある。

例えば、原料偽装などは、使われていることを知らずに口にすることによってアレルギーが発生する可能性があるし、場合によれば重大な状況になるかもしれない。

原産国偽装と言えば、ブランドの問題だと過少に捉える方もおられるが、われわれが中国産を口にしないのは、中国産より国産の方が品質が良い(おいしい)と思っているからではなく、国産の方が安全だと思っているからだ。

原産国偽装は言いかえれば、安全偽装である。

日本国内の食品偽装を減らすにはどうすればいいか。

一つには、故意であり悪質な場合には、傷害未遂さらには殺人未遂などの刑事罰も視野に入れるべきではないかと思います。

「騙して口に入れさせるのは、傷害である」と考えるべきではないか。

もう一つには、検査機関を変えることだ。

農水省が食の安全を確保できないのなら、農水省からその権限を取り上げて別の省庁に与えるべきだ。

警察庁の食品犯罪捜査を強化させてもいいし、厚生労働省の権限を強化してもいいし、消費者庁に権限を委譲いてもいいのではないか。

とにかく、消費者側の立場に立った省庁に権限を委譲すべきだ。

食糧自給率の問題もあるし、農村人口の減少の問題もある。
農協へのテコ入れもあるだろうし、農水省がしなければならないことはいっぱいある。

だからこそ有能な農水省に変わってもらわなければならないし、変われないのなら農水省をリストラしなければならない。

いっそのこと、一度解体した方がいいかもしれない。

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2008年2月26日 (火)

小麦をつくりましょう

最近は食に関するニュースが多い。
それも悪いニュースばかり。

中国食料加工品の農薬混入の続発。
原油の高騰にともなう食料の価格高騰。
そして、小麦の値上げ。

多くの国民が不景気で、給料が上がらずとも、なんとかやってこれたのは、食べ物の値段が上がらなかったから。

ぜいたく品や嗜好品は買わずに我慢できても、食べないという訳にはいかない。
食料の価格高騰は、国民の生活にダイレクトに影響を及ぼす。


正直、食べれるのが当たりまえ、日本は飽食と思ってきましたが、そろそろ日本人も食料について、深く考えなければならない時代になったようです。

私には、食料・農業について知識が乏しい、だから食料・農業についてはあまり書いていませんでした。
その他の事も、決して詳しくはないが、自分なりに色々調べながら、自分の考えをつづってきました。

しかし、食料問題はどうやら深刻なようです。
知らないからと言って、無関心で居れるものでも無いようです。

これから、このブログでも、食料・農業・漁業などについても、たまには書いていきたいと思います。

思うままに書いていきますが、無知なるが故の暴論もあるかもしれません。

そういう場合は、コメントやTBにてアドバイスや補足をいただければと思います。


前置きが長くなりましたが、今日言いたいこと。


「小麦をつくりましょう」

ということ。

米も小麦も政府が価格を決めています。

なのに米はほとんどが国内産で、小麦はほとんどが輸入。

輸入に頼っているから、国際社会での小麦の価格が急騰すれば影響を受けてしまう。

米は余っている。
ならば、米づくりをやめて小麦を作れば。

米は日本人の主食だから国内産で賄うのでしょうか。

昔はそうだったかもしれませんが、今はどうでしょうか。

私としては、米よりも小麦が無くなるほうが困る。

白米を一週間食べなくても暮らしていけるが、小麦が無くては大変困る。

日本人の食生活が変化し、多くの料理に小麦が使われている今日、米だけ確保していれば良いということではなく、小麦も確保しておくべきでしょう。

戦後、米国の政策に乗って、日本人の食卓にパン食や小麦食品が広まった。小麦の消費が増えていっているのに米作だけを守り、小麦畑は守らず米国からどんどん輸入した。

その結果が今の、米と小麦の自給率の違いに表れている。

この先、米国が日本に小麦を供給し続けるとは限らない。
中国での需要が伸び、中国での物価が上昇し続ければ、米国小麦の輸出先は中国に移る。

米の自給率は当面問題ない。
ならば政府のすべきことは、あまった田圃を小麦畑に転用させるべく、農家を支援することではないのだろうか。

無理に休耕させるのではなく、田圃と小麦畑に分ける。

そうすることによって、米を作る農家も小麦を作る農家も生かされる。

中国の毒食品のおかげで、食料自給率が注目されていますが、まず小麦の自給率を100%にすればいいのではないでしょうか。

米と小麦の自給率が100%であれば、とりあえず私のような関西人は生き残れる。

米と小麦と少しの食材があれば、うどん定食、お好み焼き定食、等々で十分に過ごせる。

小麦は色々な用途に使え、豊作であまったら家畜の飼料にすればいい。
それでも余ったらどんどんバイオエタノールに転用するなど色々考えれるはずです。

農家にとっては凶作も怖いが、豊作で価格が急落することも怖いでしょう。
ならば、出来すぎた小麦を有効利用する方策を政府が考えるべきではないでしょうか。


今は農業政策を見直す絶好の機会ではないでしょうか。


ところで、dandyさんの「Flight to Freedom/神の国へ…」で知ったのですが、
農水省の東北農政局が「米の作りすぎは、もったいない!〜米の過剰作付けは、資源のムダづかい〜」というポスターを作ったことで、農家から大反発を食らっているようです。

米の生産調整ができていないのは農水省にも責任がある。
それなのにこの言い草はないでしょう。

「米の生産調整」に理解を求めるのなら、もうちょっと謙虚であるべきでは。

農水省がこんな対応だから「米の生産調整」がうまくいっていないのでしょう。

詳しくはこちら


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2008年2月13日 (水)

農業国への転身

お願い------------------
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毒餃子の問題が起きてから、自給率がクローズアップされ、地産地消という言葉が目立ちだした。
これを機会に、日本も農業国への転身を真剣に考えるべきでは無いかと思います。

実は前々から書きたいと思っていて、草稿の段階でとまっていたのですが、ちょうど良い機会なので、持論を少し。



現代の日本にはさまざまな問題があります。

少子・高齢化、過疎化・後継者不足、社会保険、国・自治体の赤字等々。

どれも今後深刻化することが予想される。

そして、食の安全、将来の食糧不足と言う懸念も出てきた。


戦後日本は工業、サービス業に力を入れてきた。そして経済大国となった。

集団就職などで、地方から都市へ人は流れ、都市は過密化し、地方は過疎化した。
さらに残された者が高齢化し、後継者もなく、地方自治体の収入も減少し赤字は増える一方。
今後限界集落が増え、消滅する集落、自治体がでてくるでしょう。

国としても、出生率が下ったため、社会保険制度を維持できなくなり、税収増加も見込めず赤字を解消する見込みもたっていない。
人口の減少も止められないので、ほっておけばますます状況は悪くなる。

日本は工業化を進め、繁栄してきた。
その方向は間違っていなかったと信ずるが、そのしわ寄せで、さまざまな問題がおきている。

ならば戦後からこれまでと逆方向の流れを作ればどうだろうか。

私は、これらの問題を解決するために、農業に力を入れ、農業国になるべきであると思います。
農業に注力することににって、逆方向の流れができるのではないだろうか。

まずは、農業を改革する。
効率化を目指す農業従事者を支援し補助し、外国からの輸入品と価格競争できる仕組みをつくる。

そして若者の農家への転向を奨励、促進する。

その地で定着化すれば、まずは過疎化対策となる。

そして、後継者不足は解消される。

農業復興した自治体は赤字を解消する。

さて農業に注力すると、少子化・高齢化が解消するのか?

そもそも高齢化自体は問題ではない、少子化が急激に進む一方で高齢化するのが問題であって、少子化が解消され、人口が横ばいあるいは、若干の右肩上がりであれば、問題ではない。元気なご老人に適度に働いていただければ済む話である。

少子化を解消すればいい。

では農業復興は少子化問題に有効か?

私は有効であると考える。


日本人が子供を産めない理由はなんなのか。
経済的な理由ということもあるでしょうが、育児をサポートする体制が整っていないということにも原因がある。

農村を復興し、大家族を復活させる。
大家族づくりには年数がかかるが、それまでは農村で育児サポートする体制を作れば良い。

農業は一人ではできない。
必ず周りの協力がいる。育児に限らず協力する組織を作っておけば、その中に育児も含むことは可能ではないだろうか。

要は、戦前、もっと言うならば江戸時代の農村を復元できればいいのです。

さて、ここまで書いてくれば「そんな非現実的な」と言われるだろうと思います。

でもそれをしなければ日本の将来は無いのではないか。

不可能だろうか。

確かに自然にその流れができるのはあまり期待できない。
だから国が中心となって一大転換を行うべき。

そして国が言っただけでは、何も変わらない。
そこに産業界を巻き込む。

たとえば食料加工品を製造している企業。
そういう企業が原料の調達のための大農園を作る。
そういう農園がいくつかあれば農村が活性化する。

農作物を国内で調達しようとするから、外国産との価格競争に負けてしまうのであって、
外国産との価格競争に対抗するために、徹底的に合理化し、可能な限り効率化、自動化した農園を一から造ればいいのではないか。

製品を加工する工場も農園に持っていけば、その場で原料の生産から加工までができる。
流通コスト、保管コストなどトータルに計算して、海外から原料を調達するのと同じレベルにもっていけばいい。

企業が農業を行う社員を採用する。

産業やサービス業と同じように、大学の求人欄に「職種:農業、初任給:○○、勤務地:△△、転勤なし、各種保険完備」というものが並ぶ。

外食産業では農園と提携したり、農園を立ち上げたりというところがでてきている。

食品加工業でも同じ流れができればいい。

自動車の豊田市のような、日清市、味の素市などが、全国にできれば、多くの問題が解決するのではないか。

まずは、誰かが旗振り役にならなければ。

今回の毒餃子の問題で国産を望む声が高くなっている。
この期に、国産を増やす方向に日本全体がシフトすることを期待する。

日本なら農業国への転身も可能なはず。

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